13.これからについて

30億の借金を返済した相続コンサルタント 杉浦です。

講演内容のエッセイ13回目です。
前回の記事はこちら

日本の幸福度って、どれくらいかご存じですか?

なんと25%なんですね。
東南アジア諸国は80%の人が幸福だと思っているんです。

これだけ、物が溢れて、便利な社会になったのに、なぜ、こんな現象がおきてしまっているのでしょう?

いろんな原因が考えらますが、一つとして、現代人が求めすぎているのかなと思います。

世界を見渡すと、まだ、いろんなところで戦争をしています。
食べ物もろくに食べられない地域もたくさん、あります。歴史を遡ってみても、戦前までは、ろくに食べれない時代が、何千年、何万年と続いてた訳なんですね。

お釈迦様は、人間一人の欲望は、例え、ヒマラヤ山脈を金に変えても、満足させることはできないと言ったと伝えられています。

求めすぎてしまうと、やはり、魔の道に入ってしまうのではないでしょうか?
立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半と織田信長や秀吉が言ったと言われてます。

人間なんて、天下取って、たらふく食っても所詮、二合半の飯しか食えない。
それ以上は食えないし、必要ないということだと思います。

拘りやプライドを捨てられたら、今の日本であれば、どんな状況になっても雨露を凌いで、食事取ることはできるはずです。

私はその最低ラインを常に思い描いて今までやってきましたし、
これからもやっていきたいと思います。

それから、柔体構造と剛体構造の話をしましたが、
剛体構造では大きな揺れにはやられてしまうわけなのだから、

これから起きるであろう大変革の時代には心身共に柔体構造、つまり、ゆるめておいて
準備しておく必要があると思うんです。

常に柳に風を意識して、やられる時は、やられてもしようがないんです。
やられっぱなしだけど、脱力して、心身ともにゆるめておけば、凌げるんです。

この講演も終わりに近づきましたが、繰り返しますが、私の使命は、自分と同じような悩みで苦しんでいる人たちを少しでも励ましていくことだと思って、今日、お話させて頂きました。

また、自分の良いところである、諦めない気持ちを大事にし、常に準備を心がけ、
切り替えを忘れず、心身ともにゆるめて、袖振り会う縁をも活かす人間になり、
直感を磨き、両親・ご先祖様を大切にし、みんなで日本を良き社会にしていき、
楽しくワクワク生きて行きたいと思います。

相続コンサルタント 杉浦浩一

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12.世の中に貢献できること

くさい物にはふたをしろという世の中なので、問題を根本的に解決しようとするよりも、より即物的に対処療法的にその場しのぎをしようとする風潮が蔓延していると思います。日本の原発や借金問題もそうだと、思います。問題解決を先送りにし、子供達に未来の子孫達に負担を強いていると思えます。
相続に関しても日本では同じ事が原因で問題が起きていると思います。争う族が増えているんですね。
最近は家風や家訓も含めて親から子へ、子から孫へ、きっちりと継承されていないのではないかと思います。私の大学の時の卒論は「武士道」だったんですね。司馬遼太郎の本をたくさん、読んで、江戸時代人に憧れたんですね。江戸時代の人々が、根底に持っていた精神性ってどんなものなのだろうと。仏教、儒教、神道の良いとこどりの哲学で言ってしまうとイエスと言ったら必ず実行する奉公滅私の精神なんだと思います。自分もこういう人間になりたいと思って卒論を書いたんですが、これを実行しようとすると非常に、苦しくなるんですね。頭ではわかっているんだけど、なかなかできなくて、自分を責めるようにもなるんです。そんなタイミングでもゆる体操に出あったんですね。ゆる体操も江戸時代以前からある身体の使い方を体系化したものなんです。武士道は頭で、ゆる体操は身体で表現したものだと思うんです。武士道を実現しようと思うなら、その基盤となる身体がゆるんでないと駄目なんだと思いました。江戸時代人というのは、身体がゆるゆるで現代人とは全然身体の使い方が違っていたようです。しかも、江戸時代は99%のリサイクル社会だったそうです。相撲や飛脚の錦絵を見てみるとデフォルメした身体の使い方をしているようですが、実際の身体意識としては、図柄上合っていて、ゆるゆるの身体の使い方をしていたとのことです。明治時代に最初のマラソン大会をやった時に、優勝したのは、当時、飛脚だった人らしいのですが、斜めの格好をして走っていたそうです。
また、江戸時代に残っている絵で、鰻屋職人のものがあるのですが、現代だと、鰻を押さえる方の肘を曲げるじゃないですか、ですが、江戸時代は、こうやって、左腕を伸ばしてるんですよね。専門用語で揺動土台って言うんですが、鰻が動いた時は、肋骨を一緒に動かして対処したそうです。
運動科学者の高岡先生はそう言ってます。仮定の話ですが、もし、江戸時代にオリンピックが
存在したら、おそらく10人に9人は日本人が金メダルを取っていただろうというくらい、
当時の日本人は高度な身体の使い方をしていたそうです。
日本が良くなるためには、その場しのぎの対処療法ではなくて、原因の原因を解決していく
根本的な考え方が根付いていかないといけないと思います。まず、その手始めに自分自身が
ゆるんで、自分の身体の痛みを知り、他人の痛みがわかり、地球の痛みをわかるようになる
ところから始めたいと思います。それから、武士道の奉公滅私、つまり「りおくん」の言うところの他人のために生きる自分のミッションを果たしていきたいと思います。
相続の問題は家族の問題です。その最小単位の社会的集団の問題を解決することで
少しでも日本を良くできればと思います。


11.自分の使命とは

30代からは、友達に会っても「なんで結婚しないの。」とか良く聞かれて、最初は冗談などで
誤魔化していましたが、30代もなかばになると、みんな真剣に心配してくれて、お前本当に結婚する気あるの?って言ってくれるのですが、借金の話が出来ないし、したくない状況で、だんだん、友達と会うのも億劫になってきていた状況でした。私本来の性格としては、人と会って話をすることは好きでオープンな性格だと思うのですがいつの間にか人の目を気にする、暗い人間になってました。そんな時、東日本大震災が起きて、2万人近い人が亡くなりました。たくさんの人が亡くなるのを目の当たりにして、「俺はいったいなにをやっているのだろう。俺もいつかは死ぬ。もしかしたら、明日死ぬかもしれない。今のままでよいのか。俺はなんのために生まれてきたんだろう。」などと考えるようになりました。そして、今まで借金の話を恥ずかしいという思いもあり、隠して生きてきましたが、同じような思いで苦しんでいる人たちがきっといる。そういう人たちを少しでも救えるように、自分の経験してきたことを伝えるべきではないかと考えるようになり、それが自分の与えられた使命なんだと思って、借金の話をカミングアウトし始めました。
先日、山手線に乗っていて、非常に気になる広告があったんですね。サンマーク出版の
「自分をえらんで生まれてきたよ。」という本だったんです。すぐに駅を降りて、本屋に買いに行きました。
病気を持って生まれてきた「りお」君が語る、生まれる前のことや命の不思議のこと。ちっちゃい子が宗教で聞くような話を簡単で温かい言葉で表現していて、一つ一つの言葉が本質をついていて、胸を突き刺すようで、感動して、涙が溢れました。りおくんは心臓と肺に病気を持って生まれ、4才くらいから、不思議な話をし出してそうです。りおくんは「自分をえらんでママをえらんで生まれてきたよ。
もっと幸せになるために病気をえらんで生まれてきたのだから、ママは気にしなくて良いんだよ」と言い、「それぞれの人に生まれてくる意味がある。」と言ってます。「生きていることは、大きな奇跡。当たり前と思っている人も多いけど、奇跡なんだから、僕は早く大人になって、みんなにそれを伝えたい。」と後書きで産婦人科医院長が「胎内記憶」について語ってます。保育園に通う園児にアンケートを実施したところ、胎内記憶は33%があるというものだったらしいです。私も、姪っ子が5歳の時にお母さんのお腹の中のこと覚えてる?って聞いたんですが「うん。ぷかぷかして温かかった。」と答えました。
先日、7歳になった姪っ子に同じ質問をしましたが、何も覚えていませんでした。また、おなかに宿る前のことを語る子供達も多く、共通しているイメージは「ふわふわした安らぎに満ちた世界で、天使や神様のような存在に見守れていたとか、自分の意志で生まれることを決め、この世界にやってきたということです。
人は、何度も生まれかわりを重ねながら、魂の成長を遂げていきます。そして、人生のミッションは「人の役に立つ事。」だとこの本では述べられてます。
私もこの本に拠れば自分をえらんで生まれてきて、私にも生まれてくる意味があり、何か、人の役に立つことが人生のミッションなんだと思います。それが、今は、自分の経験を生かして、
同じような悩みを持つ人たちを励ましていくことだと思ってます。
カミングアウトしてからは、相続案件や不動産組換の相談が増えて、杉浦さんに相談して良かったと言って頂けるようになって、少しは人の役にたっているんだという事を実感できて良かったです。


今伝えたいこと!

私は両親の相続対策の失敗から30億円の借金を背負いました。
25歳の時に、そのことを知ったのですが、遡って調べてみると大学2年の20歳の時に連帯保証人になっていました。自分では、そんなこと一切忘れていました。たしか、親に「この紙に名前書いて!」くらいの話はあったかもしれない・・・。銀行からは一切、なんの説明も受けていないと思います。
多額な金額を伴う相続や不動産取引は、一つ間違えると、大変なことになる。そうなのだけど、ほとんどの人たちは、相続の準備をしていないし、不動産取引に関しても、きちんと調べて購入していない。そんなことで大丈夫なのだろうか!?私は、死ぬ思いをして、20年掛かって、30億円の借金を返済することはできた。だけど、常にタイトロープの上を歩いているような状況だった。お金の奴隷となり、家族同士の争いごとになりそうにもなった。できれば、そんな気持ちをみなさんに味わってほしくない。
平成27年1月1日から相続税税制改正が決定した。基礎控除額が下がり、税率が上がる。都心部に自宅を持つ方々にも、相続税が掛かる可能性が出てきました。
相続で一番大事なのは、事前に準備しておくことです。失敗しないためにも、一度は自分の相続税額を把握しておいてください。
みなさん、準備するのは、いつですか!?
今でしょ!!


10.倒産して喜ぶのは銀行だけ

中古マンションの買い取り業が、80億円の売上、社員50人、営業所3カ所、
ベンチャーキャピタルから株式上場の話もあり、一見、順調に見えました。買い取り自体が
ハイリスクハイリターン。プロでも6勝2敗2分の世界。砂上の楼閣。30億円の借金を返すために、50億円の借金をしました。ある時、車で移動中で、なぜか涙が止めどなく出てきました。お金を回すのが、つらくてつらくてしようがなかった。お金に全てをコントロールされているお金の奴隷状態だったんですね。給与だけでも2000万円、内装費などの支払いで1億円を超える時もあり、仕入れが先行して、回収が遅れると大変でした。その後、株式上場のためには、売上のカサを増やさなければならない状況になり、30億の借金を返さなければいけない状況で焦りもあり、土地の分譲に手を出しました。
土地は付加価値がないので、下がると一気に下がるんですね。
リーマンショックが弾けて、貸し剥がしに遭いました。
ちょっと前までは、この運転資金を借りてくれなければ、プロジェクト資金を絞りますよなどと、借入金を脅してでも貸そうとしていた、銀行員が急に掌を返して、貸しはがしをしてきました。融資期間を1年間で借りていたものを3ヶ月で返してくれなどと無理難題を押しつけてきました。
悪いことは続くもので、最大の協力者であった貸しビル業の社長も急死してしまい、
当時、運転資金で借りていた3億円のお金も直ちに返済しなければならない状況になりました。
新興ディベロッパーはほとんど、潰れてしまったのですが、うちも同様、借入依存率の高い
商売をやっているところが生き残っていける状況ではなかった。社員を一人一人、
会議室に呼び出して、泣きながら事情を説明して全員に辞めてもらいました。中には
一緒に泣いてくれる社員もいました。その後、次の就職先が決まったと携帯に電話をくれもう、心配しなくて大丈夫ですよと言ってくれる子もいました。また、半年後に結婚するので、是非、主賓として参加して下さいと言ってくれる女子社員もいました。どん底の時に、なかなか参加する気にはなれませんでしたが、嬉しい気持ちもあったので、参加させて頂きました。そう言えば、先日、ある講演を告知するfacebookのウォールに、前の社員から「今でも尊敬してます。」というコメントももらって、嬉しかったです。こんなだらしない社長でしたが、今でもつながっている社員は結構いますね。それは、財産ですよね。
忘れもしない、年の瀬も迫る12月28日にスポンサーとしてお世話になった貸しビル会社の
新社長に「社長、今までお世話になりました。もう、会社は継続していくことはできません。
倒産します。」と言ったら、みなさん、なんと答えたと思います。「杉浦さん、倒産して喜ぶのは銀行だけですよ。」と・・・。「ハっ」としました。そうだった、冷静な時は、こんなあたり
前なことはわかっていたつもりだったけど、私も当時、文字通り首が回らない状態に
陥ってたんでしょう。倒産すれば、銀行は不良債権として貸倒引当金を積まなくてよくなるし、
利益のでている銀行は損金計上できます。さらに、抵当権に入っている物件を競売に
掛ければ、入金も見込めます。
とにかく、これをきっかけに気持ちを持ち直すことができました。
人間というのは、楽な方、楽な方へ、行きたがるんですね。この時期、自分で判断するのが
怖かったり、先がわからなくて自信がなくて、占い師にでも、相談してみようと何度か思ったん
ですがそのたびに踏みとどまりました。例え間違っても良いから、自分で判断しようと。
それから、倒産しようとする発想もそうですよね。その方が楽だと思ったんです。
けど、人間楽しちゃ得るものはないんです。その時は辛いかもしれないけど、問題と
向き合わないと同じような問題が発生した場合、永遠に解決できないんです。
考えてみれば、不可能だと思えた30億円の借金返済ができた訳だし、自宅も確保することは
できた。それと同時に、この会社自体が一つの役目を終えるように駄目になっていったと
考えれば1勝1敗だと割り切って、切り替えていけば良いじゃないか。いや、むしろ、無理だと
思った自宅を守ることをやりとげたんだと・・・。


9.家族の話

借金問題は、1人だけでは、解決できなかったと思います。家族の協力があったからこそ
できたと思います。私にとって借金が発覚したきっかけは、25歳の時、父親が「俺では、
もう、難しい、後はお前がやってくれ。」と言った言葉だったんですね。当時、私は
サラリーマンでSEをやってましたが、ただならぬ何かを感じたので、実家に戻って、調べたところ
30億円以上の借金があるのが、発覚しました。ある意味、父親の発言は無責任に聞こえてしまいますが、
全権を私に与えてくれたので、全てがうまくいったとも言えます。
私の母親は4姉妹の長女で、父親はますおさんとして、うちに入ったんですね。私は、
2世代掛かって生まれた初の男の子として、大事に愛情を持って育てられました。
お前が、長男なんだから、家を継ぐんだよと小さい頃から、雰囲気で伝わってきました。
父親は婿ですから、子供ながらにも、家での居づらさがあるのだろうなと漠然とは
感じてました。借金を作ってしまった父親は家族や親戚から、冷たい目で見られたん
だろうと思います。いつだったか、私の結婚話になった時に、結婚できないのは、
あんたのせいじゃないかと父親に当たったことがあります。それ以降、しばらく、
関係が悪化して、私がおそらく家族の接着剤役をやっていたんだと思うのですが、そこが
おかしくなり、家族崩壊寸前まで、何度か行きかけました。そんな時に、祖母が亡くなった
んですが、父親も借金の事が頭をよぎったのか、同時に入院してしまいました。
家族や親族にとっては、逃げたと捉えられたのでしょう。誰一人、お見舞いに行こうと
しませんでした。私は、その時、これ=接着剤をやるのは、自分しかいないと判断して
暇さえあれば、病院通いをして、下着を届けたり、医者の話を聞いたり、父親と話しを
したりしました。そんな私の姿を見たからかもしれませんが、徐々にみんなが協力的に
なってきて、おかげさまで、父親もすぐに退院することができ、このことがきっかけで
父親とも言葉は少なくても、話をするようになってきました。
名刺の裏に尊敬する人のところに、王貞治さん(早実野球部の先輩)、高岡英夫先生
(ゆる体操)、母親を上げさせて頂いてます。愛情を注いでくれた母親がいたからこそ、
借金を返済することができたんだと思います。あとで、聞いた話ですが、当初、
借金返済にあたって家族会議をした時に、最悪、自宅も手放す可能性があるから、
覚悟だけはしておいて欲しいとみんなに伝えました。その時、母親は気丈に振る舞って
いましたが、おじさんから、あの時はうちに駆け込んできて、自宅が無くなってしまうと、
泣き崩れたらしいです。その話を聞いてほんと、自宅だけでも守れてよかったなと思いました。
自分が今ここに存在するのも両親・ご先祖様のお陰だと思いますので、感謝してます。
父ちゃん、母ちゃんありがとう。
当時、私は神頼みをする人を馬鹿にしてました。そんなことやったって、無駄だし、神様が
都合の良いことだけ聞いてくれる分けないじゃんと。が、いつのまにか、自分でやっていました。
毎日、ご先祖様に「今日もお願いします。」とお線香を上げ、月初には、神棚にお供え物を
して、お祈りしてます。自分ができることは、限られているし、すがるわけではないのですが
毎日、ご先祖様とコミュニケーションをとるようにしました。今でも、夢にじーちゃんや
ばーちゃんがあまり、しゃべらないけど出てくることがあります。
この一連の騒動では、きっと、ご先祖様が守っていてくれていたんだと思います。


8.直感を鍛えて、流れを読む

当初、自分とこの不動産活用のために立ち上げた会社だったのですが、リノヴェーション事業が
はまって、売上が5億、15億、30億、50億、70億、80億円と伸びていきました。従業員も50人、営業所も3カ所で、ベンチャーキャピタルも株式上場しませんかという話になりました。
飛ぶ鳥を落とす勢いで会社が成長していったのを感じました。更に良いことがありました。
不動産ミニバブルが発生したんですね。その時点で自宅の総資産が当初のマイナス8億円から、マイナス3~4億円くらいになってたんですね。まだ、1000坪以上の土地が残っていたのですが、当初、坪80万強で考えていた販売価格が、一瞬、110万まで跳ね上がったんですね。その瞬間を見逃さず、売り抜いて、35億円の借金を全額返済してしまったんですね。しかも、自宅だけは残すことができたんです。
いろんな方から、借金全額返済できて、よっぽど、嬉しかったんじゃないですか!?って聞かれますが、そんな余裕はなかったんです。売上80億円になった会社運営が大変だったからなんです。
一難去ってまた一難!

ところで、みなさん、裏麻雀会で20年間負け無しだった雀鬼「桜井章一」ってご存じですか?私はこの人が好きで、この人の本を結構、読むんですが、この方が主催している雀鬼会の麻雀は1秒以内に牌を切らなければいけないんですね。なぜなら、考えるということは「損か、得か」という計算や「これで当たったらどうしよう」という不安がよぎるから計算する脳ばかり駆使して「感じる力」を使わなくなるからだそうです。桜井さんは人間も動物なんだから、自然の太陽、雨、山、海、風から感じる力を養っておかないと、いざという時に感知することができずに即断できないと言ってます。例えば、電車で座っていて、目の前におばあちゃんが現れたら、すぐに席を譲れるかどうか。損得を考えてから、動いていては良い世の中にはならない。
また、桜井さんは、脱力することだ大事だと言っているんですね。麻雀で牌を捨てる一連の動作を脱力して行うことで、動作が安定するし、邪心が入らないと言ってます。ナンバ走りで有名になった古武術の甲野善紀(こうのよしのり)さんとも通じていて、身体使いにも長けているんです。60キロの体重で100キロのプロレスラーを相手に重心の捉え方などを教えていて、ヒクソングレイシーとも親友なんですね。脱力って、どこかで聞いたことがあると思ったら、高岡先生がいつも言っている言葉なんですね。そういえば、雀鬼会のTシャツを着た人たちが、時々、ゆる体操のトレーニングを受けに来てるんですね。僕の中ではゆる体操と雀鬼会とは繋がっているんですね。私は小学校3年の通知表までは、論理的に伝えることが下手です、
みたいなコメントを良くもらってました。どちらかというと、元々、論理的でなく直感型の人間なのかもしれません。人生は大海原で船を漕いでいるようなものだと思うんです。船が、大きいか小さいかはあるでしょうが、常に潮の流れと風を感じていないと、座礁してしまいます。頭で考えていたら遅いんです。
私も、大事な場面では、感じた事や直感を頼りにしてきたと思います。最後の返済でも直感が
働きました。この直感力,感じる力ををゆる体操などで、より一層鍛えていきたいと思います。


7.最大の失敗-税務調査-

皆さんも多かれ少なかれ、税務調査を受けたことがあると思うんですが、嫌ですよね、あの雰囲気・・・。
こっちがなにも悪いことやってなくても、疑った目で見るあの嫌らしさ・・・。あんな事毎日やってたら、人間腐ってくると思うんですけどね。私も少なくとも6回は税務調査を受けていると思うんですが、そのうちの3回はピンチでした。一つ目のピンチは実家が経営していた工場跡地を処分するのに、確定測量図が古くて、隣地との境がはっきりしないので、土地家屋調査士と一級建築士と話し会って、境界を決めた時のことです。翌年、税務調査になりました。先方の主張は、境界がおかしい。農地側に食い込んでいるとのこと。隣地は自分のところの農地で20年の相続税納税猶予を受けていた土地でした。もし、農地を売却したことになると遡って相続税を延滞税も含めて支払わなければならなかったんです。
担当者は、まるで蛇のようなは虫類の目をしていて、背筋も凍るような感じでした。当初、担当者はなにがあっても許さないぞという態度で望んで来たんです。けど、決定的な証拠がなかったから、向こうは言質をとろうとするんですが、こちらもその手には乗りません。そうこうしているうちに、3回目の打ち合わせぐらいの時に、担当者が持っていた公図の地番が少し、違っていて、そこをこちらがつくと、トーンダウしてなんとか、難を逃れることができました。
2回目のピンチは、不動産の商売で中古マンションの買い取りをやっていたのですが、消費税の件で、難癖を付けてきました。当方は売値の消費税から買値の消費税を差し引いて、きちんと納税していたのですが、先方は内装をした分は付加価値を付けて居るんだから、その分の消費税も払えと言ってきたんです。こちらは、内装費の分の消費税を別途支払ったら
二重払いになるじゃないかと主張したんですが、折り合いがつきません。最終的に裁判にまで、なりそうになりましたが、うちの税理士が、裁判になっても、良いことがないから、向こう側の言っていることを多少呑んで結果として1/10ぐらいを支払うということで妥協しようということになりました。そんなので、通るの?と思ったんですが、すっと通ってしまったんです。いい加減なもんですよね。
3回目は実家の土地を売却した時の同族間取引をつっつかれました。たとえば5000万円の
土地を0円で第3者に売却しても、お咎めなしですが、同族間でそれを行うと贈与税が掛かって
しまうので、不動産の評価額には注意が必要です。
こちらは、少しでも節税するために不動産の評価を低くしたい。なので、税理士に相談して、ぎりぎりの評価を狙っていきました。一人の意見だけでは、不安だったのでセカンドオピニオンを資産税が得意な税理士に求めました。そこでも、その値段にOKが出たので、大丈夫だろうと税務申告しました。
翌年、税務調査が来ました。先方は、その評価額は認められないとあくまでも、主張を曲げません。
こちらもいろんな客観的な資料を持ち寄って、説得しました。おそらく5、6回くらいの打ち合わせを重ねて、先方もだいぶ折れてくれて、それなら、不動産鑑定士などの客観的な評価書を出してもらえたら、それで、通すというところまで、来ることができました。ただし、提出期限が非常に迫っていて、つてを頼ってさきほどの最大の協力者の方から紹介頂いた、不動産鑑定士に
期限までに鑑定書ができるかどうかを確認してもらい、ぎりぎりできるということでした。直接、税務署に評価書を持ってきてもらう段取りとなりました。しかし、ここで、一つ大変なミスを犯してしまいました。
坪単価と㎡単価で行き違いがあったんです。間違った金額のまま評価書を作って提出してしまったんです。
当然、その評価額は却下され、2000万円の追徴課税となってしまいました。
最大の協力者からの紹介なので、損害請求なども出来るはずもなく、ただ、当方はお金がないので、協力者にお金を貸してもらいました。それで、終了です。
税務調査においては、少しでもあやしいことは、やらない方が良いことを学びました。
申告書を出して、いろんな心配をしたり、この人たちと関わって嫌な気分になるより、
清らかな気持ちで申告したほうが、健康にも全然良いです。たしかに、闘わなければ行けない
場面では、徹底的にやるべきでしょうが、私がコンサルティングをやるようになってからは
クライアントに対しては、グレーゾーンの提案は一切しませんし、クライアントから危ない橋を渡りたいと言われても極力避けるように提案しています。


6.「大才は、袖触れ合う縁をも活かす。」

なぜか、私はピンチな時に助けてくれる人が現れる事があります。
ある時、どうしようもない問題に直面しました。財務省に抵当権で取られている土地を売却するのに、前もって一旦、3億5千万円の現金を立て替えなければいけない状況になりました。普通、銀行などで抵当権を抹消する場合、売買と同時に実行してもらえますが、国が相手の場合、それができません。
前もって、3億5千万円なんて用意できませんよね。ましてや銀行も担保がなければ貸してくれません。
途方に暮れそうになっているところに3億5千万円を立て替えてくれる協力者が現れました。
それ以降、この人がことあるごとに、手をさしのべてくれて、不動産会社の経営でもスポンサーとなり、3億円の運転資金を貸してくれるようになりました。もし、この方と出会えなければ、借金を返すことはできなかったろうし、不動産会社の方も、ここまで、加速して延ばすことはできなかったと思います。
この方と知り合えたのは、うちの状況を良く知っているある1級建築士の方が私が借金問題で苦しんでいるので、なにかの助けになるかもしれないと先輩である貸しビル業の方をご紹介してくれたのが
きっかけでした。8月の暑い真っ昼間に、小平のジョナサンで待ち合わせました。その方は、50代の男性で背は低いのですが、サングラスを掛けて見た目はおっかない人でした。私は、自分ところの借金の資料を紙袋に大きなファイル3冊ほどを詰めて持参し、細かく説明しました。
その方はいちいち「うん、うん。」と頷いてました。後で、聞いた話ですが、その方は「おそらく
どこかのぼんぼんがちょっとの借金で愚痴を言うのだろう。そうしたら、叱りとばして
やろうと考えていたようです。ところが、準備された細かい資料を見せられて、考え方が
180度代わって、こいつを助けてやろうとなったようです。
「大才は、袖触れ合う縁をも活かす。」という言葉がございます。私も、まだまだ、ご縁が
生かし切れてないと思います。今までのご縁に感謝いつつ、常にご縁を意識していきたいと思います。


5.ゆる体操教師

最近、講演やセミナー、異業種交流会などでゆる体操によって自身が救われた話をする機会が
増え、是非やりたいから教えてほしいとか、私がプロデュースをするから、教えて欲しいなどと言うお話が多かったので、それならやりましょうということで、平成24年10月から月3~4回程度ゆる体操教室をやるようになりました。
ゆる体操で、身体のゆるめ方を脳が覚えると、その快適さゆえに、脳がさらに自分で更にゆるめていくことを求めてきますし、ゆるめることを学習していきます。継続的に身体がゆるめられるし、そうやって、脳も開発されるので、脳トレにもなるんです。私も無意識に、信号待ちや電車を待っている時などに気が付くと身体を揺すっている自分に気が付きます。面白かったのは、新幹線で名古屋に部下と一緒に行った時に30分くらい寝てしまったのですが、起きた時に「杉浦さん、ずっと手首を揺すってましたよ。」って言われたことがあったんです。ゆる体操で手首プラプラ体操っていうのがあるんですが、それを寝ながらやっていたらしいんですね。睡眠学習ですね。自分でも驚いてしまいます。だけど、あんまり人前で極端な動きをしたら、変な目で見られるので、最近は注意するようにしています。
年を取るというのは、筋肉が拘束してくることとも言えるんですが、みなさん
”高齢者疑似体験”ってしたことあります。がっちがちに間接周りに器具をはめて、白内障用めがねを掛けて歩くらしいのですが非常に危険ですよね。若い人がいきなり、そんな状態になったら、どうなると思います。あっちこっち、苦痛で救急車呼んでくれってなると思うんです。けど、加齢って徐々にやってくるのでその痛みに鈍感になっているから、気がつかないだけなんですよね。
日本で最も高齢化が進んでいるエリアである三重県紀南地区で行政と一体となって、ゆる体操を
取り入れて、いろんな実験を行ったんです。その中で、寝てやるゆる体操で「寝ゆる黄金の3点セット」というのがあるのですが、5人の被験者に5分間だけ実施したところ、最低歩行高が
1.3ミリから1.7ミリへ35%改善された結果が出たんです。なんだ、4ミリってたいしたことないじゃんと思うかもしれませんが、ご高齢の方々の躓きによる、股関節周りの骨折は非常に問題になっていますよね。畳の縁の数ミリでつまずいてしまうんです。だから、4ミリって大きいんです。しかも短時間で改善されてしまう。なぜか?腸骨筋と大腰筋というインナーマッスル達人筋が使えるようになるからなんですね。それから、ゆる体操が身長に対してもどういう効果があるか実験をしました。
年を取ると身長って縮むって言うじゃないですか。平均68歳17人にゆる体操を教えて、1ヶ月後に身長を測ってみたんです。ちなみに、ゆる体操をすることを強請するわけではなく、任意にしました。そうしたところ、平気値で3.6ミリほど身長が伸び、最高値は1.4ミリ
ほど伸びたとのことです。また、脳梗塞の後遺症で寝たきりになった70歳の男性がいるのですが、その娘さんがゆる体操をやっていて、なんとか父親にもやってもらうと思って、ゆる体操を勧めてももやらないので、どうしたもんか思案していたら、さすることを思いついたんです。ゆる体操ではさすりも重視するんです。さするだけで、身体は緩むんです。当然、その人の技量によるんですが、私がゆる体操の創始者であり、師範である高岡先生にリアストレッチというハムストリングスを鍛える体操をやっている時に腰を3分くらいさすってもらったあとに立ち上がったら、腰で支える支点がなくて、赤ちゃんのようにふらふらになったんです。そしたら、先生が「たぶん、君の一生のうちで一番腰が緩んでいるはずだから・・。」
と言われ、危ないので助っ人が仙骨のところに指一本かざしてくれて立てたんです。そんくらい、さすりで拘束はなくなるんです。今、極端な例を出しましたが・・・。私も良く手をさすり肌が荒れないので、ここ数年ハンドクリームを塗ったことがないですね。さっきの娘さんは、お父さんの手足をさすってあげたそうです。
すごく冷たい手足をしていたそうです。お父さんは気持ちが良いのでもっとさすってくれと
頼んだそうですが、頃合いを見て、後は自分でやってと突き放したそうです。気持ちよさを覚えたお父さんは自分で手足をさするようになり、2週間もすると手足にだいぶ暖かさがもどり、他のゆる体操にもチャレンジしだしたとのこと。寝ゆる黄金の3点セットを中心に行い、近所への買い物も車いすや杖を使って行けるようになり、徐々に普通に歩けるようになり、ついにはゆる体操教師の資格を取ったという話がございます。
私の教室にほぼ毎回出席しているM君という30代半ばの男性がいます。彼は、失恋し、そのタイミングで友達のいないエリアに異動となり、うつ状態となって、引っ越して半年くらい、ダンボールの荷物整理もできず、冷蔵庫にも何もない状態で、ご飯もほとんど食べられず、家ではぼーっとするだけの状態だったそうです。そんな時、あるご縁で私のゆる体操に参加するようになりました。彼は誰よりも、一生懸命だらしなくゆる体操に取り組みました。彼の上達具合は私も見ていて舌を巻くぐらいあのですが、結果、その1、2ヶ月後、彼は友達連中にも、すごく元気になって良かった。けど、なんで復活できたの?
と話題になっているそうです。今では、ゆる体操の教師を目指したいと言っています。その話を聞いて、ゆる体操を教えさせて頂いて、ほんと良かった。人助けにもなり、彼を救うことに貢献できたんだと涙が出るほど嬉しかったです。相続で悩んでいる人を救うのも自分の使命だと思ってますが、ゆる体操というもう一つ自分の使命が出来たんだと思います。


4.借金問題は頑張ってはいけない!ゆる体操の話

みなさん、頑張るって漢字で書けますか?頑なに張るって書きますよね。広辞苑で頑張るを調べると「①我に張る。の転意で、我意を張り通す。②どこまでも忍耐して努力する。」とあります。広辞苑で頑なを調べますと「素直でなく、ねじけているさま。」とあります。なんか響き良くないですよね。鬱病患者に、がんばれとは言ってはいけないと言われます。鬱病の人に言っていけないんだから通常の人にもあんまり、いっちゃいけないんじゃないかと思うんですが・・・。
みなさん、建造物の柔体構造と剛体構造って聞いたこと
ありますか?法隆寺の五重塔は、千年以上前に建てられていますが、現在でも健在です。あれが柔体構造の代表です。震度1や2の地震でもゆれますが、震度4,や5でも同じように揺れるだけです。
各階がゆるゆるな構造だからなんですね。一方、剛体構造は震度5までは、ほとんど、揺れない
らしいですが、それ以上の震度には耐えられないそうです。人間の身体もそうなんですね。剛体だとある程度のストレスには耐えうるんですが、それ以上のものが来ると崩れ落ちてしまうんです。借金って思っている以上にストレスがかかるみたいです。最近、マンションの持ち分に差し押さえが掛けられたんだけど、どうすれば良いですかという40代後半のすらっとした美人のAさんからご相談を受けました。その方のお父さんが芸能プロダクションを経営していたのですが、急死して、後を継いだそうです。
その後、元経営幹部達に騙され経営権だけ乗っ取られ、多額の借金だけを背負うことになり
マンションを差し押さえられたとのこと。雑談の中で、身体の話になり、心臓発作を1回、脳梗塞を1回ずつやったと伺いました。やはり、借金のストレスから、身体に影響があったとのことでした。
私も、30代前半に借金のストレスから内臓が動かなくなりました。医者に行って処方された薬を飲み、当然、食事はお粥を食べましたが、一向に快方に向かいません。そんな状態で西洋医学に見切りをつけて、東洋医学やトレーニングに関する本を読みあさってゆる体操に出会いました。
ゆる体操というと、ゆるキャラのように非常に良い加減な体操のイメージかもしれませんが、
日本古来からある武術に根ざしていて、なでしこJAPANもずっと取り入れていた本格的な
体操法であり、ダイナミックリラクゼーション法なんですね。骨にアプローチして、骨をゆするとゆれてゆるむという善循環を利用して、身体を設計図通りの使い方に近づけていくんですね。
私が取り入れて、まず、気付いたのは寝るときに歯を食いしばっていたことでした。
身体がゆるんできて、気が付いたんですね。どんだけ頑張っていたのかってことです。
ところでみなさん、背骨って動かせますか?そんな事考えたこともないですよね!ちなみに室伏広治が雑誌ナンバーで背骨を一本ずつずらして使うから、
ハンマーを遠くに飛ばせると言ってるんですね。当たり前ですが、人間って脊椎動物なんですね。脊椎動物って魚からスタートしてるんですね。そこから、両生類、は虫類、ほ乳類と進化してきてます。現代人は四肢ばかり、動かして対幹部を使えなくなってきてます。身体の奥にあるシンナーマッスル例えば、達人筋と呼ばれる上半身と下半身をつなぐ腸腰筋などは99%の人が使えなくなり、腹直筋、腹斜筋、腹横筋と奥の筋肉は深い呼吸できないと使えませんが、ここも使えなくなってきてます。
腹横筋はコルセット筋とも言うのですが、痩せても、お腹がポコッと出てしまう人いるじゃないですか、このコルセット筋が使えないのも原因なんですね。
世の中が便利に成りすぎて、それだけ、インナーマッスルや背骨を動かすことができなくなって
いるんです。私の師匠の高岡英夫先生は、そんな世の中でも魚のように、背骨を使えてしまう人です。
先生は合気の術技で屈強な4人に腰に組み付かせて、一瞬、身体を揺すっただけで、4人が崩れ落ちるのを見たことがありますが、その時の、背骨の使い方は魚が方向転換をする時と同じように使うのだそうです。その時の一人に話しを聞くと大きな削岩機にしがみついているようで、とてもそこに居続けることはできなかったと言っています。先生は背骨を指を動かすように動かせるんです。
ウサインボルトの走りを見て気が付いている人もいると思いますが、彼はトカゲ走りなんです。
エイマキトカゲって、身長に比して走るのがめちゃくちゃ早いので有名ですが、あれも背骨の
波動を使っているから、早やいのですね。少し前の黒人選手はイルカ系の波動だったのですが、
人間は平べったいので、横の波動の方が理にかなっているんですね。対幹部しかも脊椎=骨を意識化することは非常に難しいのですが、それができれば筋肉や内臓を緩めることは楽にできます。ゆる体操にはいろんな種類のものがあります。寝てやるもの、椅子に座ってやるもの当然、立ってやるものもあります
ゆる体操は擬態語や駄洒落もうまく使っているんです。
気持ちも楽しくなることで、効果も上がるんですね。ゆる体操の創始者である高岡先生から直接聞いた話ですが、「借金で首が回らないって本当なんだよ。借金問題で苦しんでいる人から、相談を受けた時に、首をゆるめる体操を教えてあげて、すっかり借金問題が解決したことがあった。借金のストレスで首の周りって筋肉が拘縮して、そのため周りが見えなくなり、広い視野で物事を考えられなくなり、思考能力も低下して、悪循環に陥るんだよ。」という話を伺った。
私も、ちょうど借金問題を抱えていたので首のゆる体操をよくやりました。それから。内臓系にも効果が現れて、一時、あったポリープもいつのまにか、消えてしまいました。時々、ご縁があって整体師や施術師に身体を触ってもらう機会があるのですが、プロボクサーよりも筋肉が緩みやすいけど、何かやってますか?とか、驚かれることが結構あります。僕にはゆる体操が
合っていたんでしょうね。今でも、毎日、寝てやるゆる体操が中心ですが、1時間以上は
やってます。借金で追い込まれていても、それ以降、特にからだを壊すことなく
健康体でいられたのも、ゆる体操のお陰かなと思っています。なんに対しても、身体を
ゆるめることは、アンチエイジングにもなると思いますので、ゆる体操だけでなく、身体や心を
緩めることを是非みなさん試しにやってみてください。
ゆる体操は涎が垂れるほどだらしなくやるのが骨で頑張ってはいけないんです。


3.どうやって返済したか・・・(ちょっとだけ紹介)

①資金をプールするのに任意売却という方法を使いました。読んで字のごとし不動産を任意に
売却して、銀行に借金を返済する方法です。任意売却する時に注意しなければいけないのは、
銀行側の不動産屋を使わないこと。色々な操作ができないので、それだけは、避けなければなりません。
先ほど、お話した17億円の物件の売却も任意売却ですね。この時は、一回目ということもあり、
銀行側の言うことを聞いて、向こうの不動産会社も入れました。ただ、それ以降に関しては
先方も負い目があったのでしょう、二度とこちら側の不動産会社を使って欲しいとは言って
きませんでした。本来、銀行と金額の折り合いをつけるのは、難しいところです。
銀行側は少しでも高く売却しようとしてくるでしょうが、そこは銀行側が社内で納得できるような
資料を揃えて交渉に望みます。粘り強く交渉していけば、銀行側も折り合う数字を示してくれます。
うちの場合先方に負い目があったり、支店長の信頼があったので金額に関してもかなり
融通してくれました。
②節税
不動産取引の時に掛かる譲渡税って何%くらいかご存じですか?そうですね、5年以内の
短期売買が39%で長期売買が20%と非常に高いんですね。
この譲渡税をいかに低く抑えるかで、銀行への返済額が違ってきますので、いろんな工夫を
しました。A事業用資産の買換の特例B損益通算C持ち分の交換などです。
③不動産を組み替え
先ほど、資金をプールしたと言いましたが、その資金を利用して、利回り12%の一棟マンションを
保証人でない、母親名義で購入しました。これにより、キャッシュフローが改善され、更に事業用資産
の買換の特例を使ったので、節税にもなり、母親名義なので、銀行の抵当からも逃れること
ができました。
④高く不動産売却する
それから、土地を高値で売却するために自分で更地にして、電気・ガス・水道と道路を通して
開発行為をして売却することで坪単価で5万から10万くらい高値で売却することが可能となった。
⑤資産の保全
先ほど、不動産組み替えで母親名義にした話をしました。また、自宅には闘うべき銀行以外の
抵当権をたくさん設定し、手出しができなくしようと考えました。闘うべき銀行は、その銀行の
抵当権が設定されていない物件に担保を要求したり、追加の保証人を要求してきましたが、
すべて断りました。その他、どうしても資金繰りが苦しい時に生命保険を利用して借入金をして、
凌いだこともあります。保険会社から、借入できるのはあまり知られてないですかね?
イチローは準備することの大切さを言ってます。試合前に心身ともに全ての準備を整えておくんだと。
常に準備を心がけ、その積み重ねを継続することそして、準備を積み重ねてこれたことを誇りに思う
ことが重要なんだと言ってます。借金返済においても、いろんなシチュエーションを想定して、準備した
からこそ、その場で対応することができ、その後も協力者が現れる場面でも対応でき、ひいては
全額返済に繋がったのではないかと思います。
この頃に、アパートやマンションの売却をはじめて、借金は25億円程度になってました。


2.銀行交渉はけんかと同じ

まず、はじめにやったことは、銀行交渉をして、元金の返済をストップすることでした。
そのまま30億円借金を返済し続けると、すぐに、資金繰り困難に陥って、破綻してしまう
からです。「返済計画の見直し」というタイトルで書類を整えて、提出しました。
一応、銀行側の元金ストップの稟議が通ったということで、不動産の売却から始めました。
一番最初に手を付けたのが、17億円で購入した一棟マンションです。みなさんこのマンション
いくらぐらいに金額が下がったと思います。1/5以下の3億円ぐらいになちゃたんです。
銀行側も3億円前後で売却OKとなり、そのかわり、銀行側の不動産屋も売却の手伝いをして、
どちらか高い方で決めましょうということになりました。
結局、こちら側の金額が高かったので、契約して、決済を待つばかりとなりました。ところが、銀行側は抹消できないと、言ってきました。
稟議が通ったから不動産を売却しようということになったのにおかしいですよね。そこで銀行側に「いったいどういうことになっているのか。抵当権抹消ができるということで、おたくの系列の不動産会社と同時に販売活動を始めたんですよね。」というと「第2抵当の子会社の稟議が実はまだ取れていなかった。」と説明を受けました。ダチョウクラブではないですが、「聞いてないよ。稟議通ったって言いましたよね。」と言っても、いや、「そういう風には言ってない。通ったとして、販売活動しましょうと言っただけだ。」の一点張り。私は机をぶったたき、「冗談じゃないよ。こっちは生活が掛かっているんですよ。そんないい加減な対応でどうすんですか?とにかく、あなた達では、話にならんから、支店長を呼んで下さい。」と言いました。支店長は平謝りに謝って、とにかく、2週間待って欲しいと誠意を見せてきたので、当方も、それ以上の進展は望めないのが分かり、その場を治めた方が利口だと思い、なんとか買い主様を説得して、2週間後に必ず決済をするということで分かれました。
その2週間後、決済日が来て、なんとか、決済ができました。よく、買い主側も我慢してくれました。契約自体が破談になっても、文句は言えない状況でした。まさに損害賠償にもなりかねない状況だったんです。この一連の流れを穿った見方をすれば、万が一、銀行側の不動産会社で決まっていたら、あっさり、抵当権抹消がされていたのではと思ってしまいます。
その後も、その他の物件の返済金額や返済方法などで銀行側の一方的な意見を押しつけようとすることがあり、侃々諤々することも多く、
その都度、担当者および部長と言い合いになったのですが、先方も杉浦の案件は直接、支店長と
交渉しないと進展しないことを悟って、全て、支店長対応になりました。銀行内で支店長は
ある程度の権限を持ってますし、対応も真摯で早くなりこちらとしても願ったり叶ったりでした。
ある時、支店長に杉浦さんこういう順番で不動産売却して返済した方が良いのではないかと提案されたことがあったのですが、「支店長その順番だと、こういう理由で節税できないので、結局のところ銀行への返済額が減ってしまいます。だから、こうやった方が良いのですよ。」と話をした時に何で、そんなにスラスラと税金とキャッシュフローの話ができるのですか、と感心されたことがありました。それもこれも、全て、準備していたから、すぐに、肌感覚で答えられたんですね。
そもそも相続対策の失敗は17億円のマンションを購入したことが、決定打となっのですが、
父親がこのマンションを購入するのに、一度、H銀行に融資を断られたので、手付け金を放棄しても破談にしようと思ったんです。が、某ディベロッパーが代わりにD銀行を連れてきて融資を強引に押し
薦めていきました。バブルの終焉だったので、某ディベロッパーの担当者も相当押し込んだみたいです。
父親も人がよいので、最終的には押し込まれてしまったのでしょう。当時のD銀行の事業計画を
読み解くと、バブル終焉後にも関わらず、右肩上がりの経済を想定していて、返済が行き詰まるのがわかるもので、私は、銀行の担当者になんでこんな、資金繰りが詰まるのが明らかに分かる提案をしたんだと問いつめたのですが、相続税がなくなって、その対策になったから、良いじゃないかと返されまして・・・。「相続税が無くなったからって、財産全て無くなったら、本末転倒じゃないんですか?」
って返したら、なんにも返ってきませんでした。
また、20才の大学生が連帯保証人になっているのを考えると、強引な貸し付けにかかわらず、
自分たちのリスクは取らない一方的なものと思ってしまいます。まー、たしかに印鑑押した
当人達に一番責任はあるとは思いますが、押した記憶も、借入の説明を受けた記憶のない私は
どうなんでしょうね?。当時、貸し付け責任を問われて、相当数の裁判で銀行は敗訴してます。
うちのケースは債務者が経営者ということで、判断能力があるという判例で敗訴していたので
勝ち目が薄いと裁判をしませんでした。銀行員は単なるサラリーマンなので、出世のことしか
考えてなくて銀行側にしか顔を向けてません。そこをこちらに向かせるには、けんかするぐらいの気合いで対峙しないと、こちらを向いてくれません。まずは、支店長と直接交渉できるように
なるのが先決かなと思います。人生の中で、2度、銀行に人生を翻弄された僕は思いますが、
彼らは、晴れているときに傘を貸して、雨が降ったら、傘を取り上げる人たちです。梯子を簡単に外します。なので、みなさんも、銀行との取引は、是非、ご注意下さい。


1.運の良い人の法則

みなさん、突然、借金30数億が降ってわいたらどうしますか?逃げ出しますか?戦いますか?
私も25才の時、借金が35億円あるのを突然知りました。遡って調べていくと大学2年の20歳の時に、
なんの説明もなく、借用書に連帯保証人としてサインしていたようです。どういうことか、バブル期に
両親が相続税対策ということで、銀行・ディベロッパー・保険屋などに言われるがまま、マンション、
変額保険、ゴルフ会員権などを購入し、その連帯保証人だったんですね。既にバブルが弾けていたのでその資産価値は5億円ほどに・・・。
元々持っていた不動産などを全て売却しても8億円くらいは足りない状況でした。
とりあえず、銀行交渉の本を読み漁ると、「夜逃げは損だ。」と書いてあるんですね。
なぜだか、わかりますか?
①闘っている最中に資金をプールできる可能性がある。
②最終的に、銀行が債権を放棄してもらるかもしれない。
③仕入先・売り先ととぎれてしまうので、もう一度ゼロから関係性を作らなければならない。
私は、銀行関係の本の著者達に「うちを救って欲しい。」と救いを求めたのですが、全て断られました。彼らは建前だけで、
具体的な事例は扱ってくれないんです。当時、インターネットもなく、信頼して手助け
してもらえる方にたどり着けず自分自身でやるしかない状況になりました。銀行交渉に始まり
CFPを取得しました。CFPは私の中では節税を合理的に学習するもので非常に役に立ちました。
その中で節税の勉強、キャッシュフローの改善、生命保険を利用したリスクヘッジなどを実施。
不動産会社立ち上げ、如何に不動産を高く売却するか、不動産の組み替え、資金をプールする方法、その他、なぜ相続を失敗したかの勉強。自宅などの資産をどう保全するかなどをやりました。
たしかに、夜逃げや破産という「あきらめる。」という選択肢もあったかもしれないが、少しでも得るものがあるなら闘ってみよう、また、最終的には銀行側に債務放棄してもらって自宅を守るしかないと思いました。
「運の良い人の法則」というイギリスの心理学者リチャードワイズマンという人
が書いた本があるのですが、その中で運がよい人3人と悪い人3人に分かれて
実験を行いました。その実験とは、1日では解けないくらい難しいジグソーパズルを
与えてどう反応するかというものです。みなさん、この結果はどうなったと思います?
運が悪いグループは3人とも、20分であきらめてしまったとのことです。運の良い
グループは30分経っても辞めないので、そろそろ如何でしょうかと促しても辞めず、
1時間経っても、まだ、続けているので、どうするつもりか尋ねたところ
「終わりまで続けるつもりだった。」とのこと。つまり、運が悪いと思っている人たちは
試験や仕事などを、どうせ駄目だとすぐに諦めてしまうけど、運が良いと思っている
人たちは、「自分はいつかはできるはずだ。」と諦めないために、いろんな努力をし
結果、うまくいくということらしい。なんでも諦めてしまったら、そこで終わりなんですね。
エジソンも電球を発明するのに、1万回近くの失敗をしたけど、あきらめませんでした。
彼は、新聞記者に、もし、1万を越えて何回でも失敗したら、どうしていたか尋ねられ
「さあ、たぶん今でも研究室で実験を続けているでしょうね。」と答えてます。
僕の場合、諦めないことだけが、取り柄だと思っていたので、この本を読み、エジソン
の話を聞いて非常に励まされました。諦めなければ、何か起きるし、何か起きてきたん
ですね。確かに、自分一人では、解決できなかったでしょうが、諦めなかったことで、
協力者が現れたり、いろんなラッキーな事が起きました。その意志を
貫き通したからこそ人やものを巻き込むことができたんだと思います。